| 『YABANJINの日々雑感』 | ||
今回の話題はちょっと長くなるかも知れませんがお付き合い下さい。 題して『二子山親方の死去に想う』...(またワインバー店主らしからぬ話題で申し訳 ない)と言っても若貴兄弟の確執はどうでもよい。触れません。二子山親方死去の後 ワイドショーなどで流れた映像の中で一際私の印象に残ったのは、最後の弟子・貴ノ浪 の断髪式の映像でした。 死の床にありながら、無理を押して国技館に現れ、両脇を抱えられながら土俵に上がり 弟子の大銀杏にハサミを入れ、一歩退り、前傾姿勢で弟子の背中をしばし見つめる 二子山親方。後姿ながら大粒の涙が貴ノ浪の頬を伝う...。 あの映像です。この時、この師と弟子は一体何を考えたのでしょうか。私は胸が詰まる 思いでこの映像を見ました。新弟子の頃からの長い年月の中で、この二人には厳しい研 鑽があった事は間違いありません。時に弟子は罵倒され、殴られ、蹴られたこともあった 事でしょう。 しかしそれを乗り越えたからこそ貴ノ浪は大関まで昇進し立派に引退まで相撲を取り続 ける事ができたのだと思います。 さて、なんで今回こんな話しを書くのかと言うと、実はあるお客様との会話がきっかけな のです。その方は精神科のドクターでしたが、私の「子供の教育に時に暴力は必要だと 思う。」という発言から、ちょっとした討論会になりました。その長い討論の内容は省きま すが、彼の立場からすると暴力はいかなる理由と言えども許されないというものでした。 医学的には愛のムチなどというのは説明がつかない、とも言われそれこそドメスティック バイオレンスだと断言されました。 この時は話しをまと める為に適当に話しを合わせましたが、私の真意は違います。これは もう自分の経験からしか語ることが出来ないのですが、やはり殴られて育った人間は強 いと思うのです。私は理不尽な納得のいかない暴力もたくさん受けてきました。 又、高校時代にはいわゆる愛のムチという指導者からの暴力も受けてきました。 でも、そこには確かに信頼関係や自分達を育てたいという愛情を感じる事ができたので す。 だからこそ私達は卒業して20年経た現在でも恩師を慕って止まないのです。勿論中には 今でも納得がいかず、恨みに思っている人間がいるかも知れないけど...。 しかし、やっぱり私は全ての暴力を否定することはできない。例えば自分の息子が他人を 傷つけたりしたら私は殴る。思いっきり殴る。「お前に思いやりのある人間になって欲しい。」 そんな気持ちで殴ると思うのです。 話しは長くなりましたが、貴ノ浪の断髪式には、そんな人間関係を形成してきた師と弟子の 熱く太い想いが感じられて涙してしまいました。しかし二子山親方の、貴ノ浪の背中を見つ めるあの眼の温もりと言ったら...思い出しても胸が熱くなる。 二子山親方の冥福を祈らずにはいられない。合掌。 戻る 1 |